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上越市の学級経営講座第一回に関わって


自治体が「学級経営」を正面から扱うことの意味

私の全くの主観ですが、2026年8月6日は、上越市の教育にとって大変画期的な一日だったのではないかと思います。


どういうことかと言いますと、上越市立教育センターが、市内の小・中学校の若手教員(だいたい2年目から6年目)を対象に、「学びやすい教室をつくる学級経営講座」を開いたからです。半悉皆研修のような形で、何年かかけて、若手の先生方が一度は学級経営の基礎基本を学んだり確認したりする機会をつくる、という位置づけです。


夏休みの中では、教科の研修や、生徒指導・特別活動の講座が組まれることはあっても、「学級経営」と正面から銘打った講座は、意外と少ないのではないでしょうか。それが自治体主催で動き始めた。しかも第一回目に声をかけていただき、関わらせていただいたのは、大変光栄なことでした。


私は上越にある大学に勤めてはいますが、もともと福島県の人間で、上越市そのものには縁もゆかりもありません。住み始めて10年を過ぎますが、学校支援プロジェクト(学校実習)で密に関わってくださった先生を少し知っているくらいの程度です。そんな中、各校から集まってくる先生方の面々を前にして、少し緊張しました。身震いしました。


赤坂先生と30分ずつ。重なりと重ならないところを考える

大学教員という括りで、1時間ほどの時間をもらいました。赤坂真二先生とご一緒で、お互い30分ずつの講話です。


30分で、これからエビデンスベースで学級経営を深めていこうとする先生方に、どう伝えるか。どう共感してもらうか。どう共有し、体験してもらうか。いろいろ考えていました。加えて、赤坂先生もお話しされるわけですから、重なる部分と重ならない部分をどう調整するかが、ひとつの工夫であり、苦労でもありました。


赤坂先生は、学級経営の基礎・基本を入り口として渡す役割でした。学級経営の考え方,構成,そして教師が子どもたちからどう認知されているかという研究的な裏付け。経験や度胸だけに頼らず、理屈・理論と照らし合わせながら進めていけば、悪い方向には進みにくい。「学級経営ができそうだ」という感覚を持ってほしい——そんな願いが伝わる講義だったと思います。隣で聞いていて、短い時間の中で基礎の入り口をきちんと渡すところに、赤坂先生の強みが出ていたなと感じました。そして,当然笑いもです(笑)。


私の講話:関係性に光を当て、体験を入れた

私の講話についてです。30分ではもちろん,学級経営のすべてを網羅して話すことはできません。最初に、いまだからこその学級経営の見取り図に少し触れ、そのうえで学級経営のいろいろな要素のうち、人間関係・関係性の部分に光を当て、ちょっとした体験を取り入れる形にしました。


自分が若かった頃を思い出しながら構成したのですが、若い先生は、目の前の困りごとや方法論に飛びつきやすいのではないかと思っています。もしかしたら、私が提供したものを直接受け取って、そのまま自分の学級で実践するのが正解のように受け取ってしまうと、ちょっとまずいなと思っています。


私が想定している学級や、私が経験した学級が、そのままその人の学級に重なっているなら、再現性は高いと思います。でも、そうでないときは、それをそのまま使うことで、逆に混乱することもあるわけです。だから具体的な話をしながらも、一度普遍化・一般化して、自分のところに持ち帰る。そういう作業が必要になります。30分の中で、その丁寧なやりとりができたかどうかはわかりません。私なりには「そういうことが必要なんだよ」と伝えたつもりなのですが、皆さんに伝わっているといいな、と思っています。


小学校の実践:つながること、発達に応じて信頼をつくること

実践発表は、小学校と中学校に分かれて行われました。私の役割のひとつは、その発表へのコメントです。学校名は伏せますが、私の所感として残しておきたいです。


前田考司先生の実践は、「つながる・見つめる学級経営」というタイトルどおり、関わりの芯がはっきりしていました。毎日の振り返りジャーナルで、子どもが書いた思いを否定せず受け止め、短いフィードバックとハイタッチで帰る。この1対1の応答が、教室全体の安心感の土台になっている。授業では、ゴールや進み方を可視化しながら、友だちと一緒に乗り越え、達成感を分かち合う場をつくっている。人間関係は行事や特活だけでつくられるものではない、というメッセージが、実践の姿としてよく伝わってきました。


川住亮平先生は、発達段階に着目した信頼関係の話でした。「去年までの関わりが今年は通じない」という悩みは、この年代の先生方にとても身近だと思います。低学年では、教師の笑顔や温かい雰囲気そのものが安全基地になる。高学年では、一人の人間として尊重し、困り感に耳を傾ける関わりや、筋の通った適切な叱りがあって、初めて深い信頼が育つ。安心感の「質」が学年によって違う、という整理は、明日からの関わりを考えるうえで実践的でした。日常の活動の中に、「傷つけない」「助け合う」という価値づけを埋め込んでいくところにも、学級経営の醍醐味が出ていたなと思います。


どちらも、「あの先生だからできた」で終わらせず、仕組みや発達の見取りとして持ち帰れる実践だったのではないでしょうか。


中学校の実践:任せるための仕組みと、即効から体質改善へ

中学校の小林弓理先生の発表では,「自治的集団を目指した学級づくり」が印象的でした。私の講話で触れた「価値観を共有した仕組み」と「誰とでも関わり合える信頼(普遍化信頼)」が、教室の営みとして立ち上がっている感じがありました。


「一人相撲の学級経営」から抜け出し、クラス会議や日直活動といった仕組みを走らせながら、「聴く」「うなずく」「受け止める」といった対話の価値観を、職員全体で共有し、価値づけていく。形だけのルールではなく、なぜやるのかが共有されているからこそ、学年レクのルール不具合の場面で、生徒が自ら集まって話し合う姿が生まれる。輪番発言や肯定的な言葉の交換は、特定の仲良しだけでなく、「誰とでも」関わり合える土台をつくる仕掛けでもあります。2〜6年目は、全部を抱え込みやすい時期ですよね。「任せるためには、価値観を共有した仕組みがいる」という示唆は、大きいと思います。


髙橋淳一先生の実践は、整理の仕方がとても明快でした。今困っている人への即効性(スキル・手軽さ)と、来年度を見据えた遅効性(マインド・体質改善)を、管理的/自治的などの軸で並べる。GWT、毎日30秒〜1分のペアトーク、学級だよりといった具体の「型」を示しつつ、ただ真似るのではなく、なぜやるのか・どんな学級を目指すのかという価値観を乗せ続ける。ここが大事だな、と改めて感じました。スキルから入ってよい。ただし、価値観を一言添えて継続する。このメッセージは、若手の先生方に届きやすかったのではないでしょうか。


コメント役とKPT:苦手だからこそ残る問い

私のもうひとつの役割は、実践発表へのコメントと、参加者がKPT(Keep / Problem / Try)でこれまでの振り返りから今後を考える活動のあとのコメントでした。


これは正直、大変苦手です。自分の頭の硬さを毎回痛感します。発表を聞いたり活動を見たりして、その方へのミニフィードバックをどうしようかといつも悩みます。少しでもかっこつけたい,さすがと言われたいという気持ちをもってしまうからなのでしょうかね(苦笑)。悩むものだから余計に悩み、悩みが悩みのスパイラルみたいになって、頭の中がはちゃめちゃになるときがあります。今回も与えられた時間の中で何とかコメントしましたが、それがその人に向けて、あるいは参加者全体に向けて、役に立つコメントになっていたかどうかは、もう少し時間をかけて振り返ってみたいと思っています。


とはいえ、前田先生・川住先生・小林先生・髙橋先生の実践があったから、講話で話した抽象が、具体として会場に戻ってきた感覚はありました。苦手な役割だからこそ、丁寧に聞き、自分の言葉と現場の実践をつなぎ直す。その作業自体が、私にとっても学びでした。


おわりに

最初に書いたとおり、上越市が学級経営の講座を開いたこと自体が画期的であり、その第一回に招かれたのは大変光栄なことです。これをきっかけに、学級経営の重要さ、そして学級経営と授業を結びつけて充実させていく考え方が、より広がっていくといいなと思っています。


方法論に飛びつかず、理屈と照らして自分の教室に翻訳する。仕組みに価値観を乗せ、誰とでも関われる信頼を日常に埋め込む。小さな意味づけを続け、少しずつ自治へ委ねていく。今回の講座で共有されたのは、そういう地続きの話だったように思います。


上越市の先生の皆さん、応援しています。


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