2024年11月2日,3日と私には一生無縁だと思っていた大きな研究会の助言者として参加してきました。
声をかけてくださった小黒健太先生。貴重な経験をありがとうございました。
新潟大学附属新潟小学校といえば,私が福島県の小学校教員だった当時から自分の近隣の県の中で,質の高い授業研究をされていて,その都度,管理職にお願いして出張させてもらっていました。
そんなリスペクトな対象に,声をかけられて参加するというのは身の引き締まる思いでした。もうこういう経験ないだろうなぁ……。だから,忘れずにメモメモ。
貴重な経験
わたしにとっては,3つの貴重な経験の重なりがあります。
1つは,社会科の助言者として。
2つは,授業研究の助言者として。
3つは,附属小学校の助言者として。
1つの社会科の助言者としては,確かに修士論文は社会科で書きました。何度か明治図書の「社会科教育」誌にも書かせてもらいました。社会科教育関連の書籍執筆もあります。あなたの依って立つ教科は何?と聞かれたら,社会科教育です。
しかし,自覚はありますが,私の社会科教育観は,中央から大きくはずれています。社会科教育の本道を歩んできた方に討論をふっかけられたら,秒で負ける自信があります(笑)。本道を学んできていないし,私が考える社会科はそこじゃないと思っていますから。
しかも,大学に勤めてからは,社会科ではなく,自分の研究は学級経営であり,授業経営になっています。教科の専門性よりも,授業をいかに進めていくかというところが自分の立ち位置になっています。
そういう意味で,私に声をかける方がいらっしゃること自体,チャレンジャーと思います(笑)。
2つの授業研究の助言者としては,学級経営や授業経営での私となっていますので,セミナーや講座講演などの講師として私に声をかける方はいても,授業研究を行って,その後の指導助言のような形でわたしに声をかける方は稀です。(今月11月に福島県のいわき市にそういった形で声をかけてもらっているようで,今から緊張しています)
3つの附属小学校の助言者としては,上の2つの理由から附属小学校からは私は眼中にないというか,もともと度外視される存在です。加えるなら,小学校現場にいた頃から私は行政や文科省から外れた道を歩んできました。昔も今も,私の立ち位置は民間教育で,特にNPO法人「授業づくりネットワーク」に育ててもらいました。こちら側に立っていると,「附属」と名のつく学校とは縁遠くなりがちになります。
まぁ,そんな私に,よくぞ声をかけてくださったと……,小黒先生にはただただ頭を下げるだけです。
ということでどうする?
ということで,自分の持ち時間をどのように過ごすか。
セミナーや講座講演のような長い時間ではなく,とても短い時間ではあるのですが,短いがゆえに,授業を見て,事後研究会の様子を見て,即応的に話の内容を組み立てることが求められるがゆえに,とても難しい時間だなぁと思って,ここ数日前からドキドキする自分がいました。
理想は,授業者のためになる話ができること,そしてそこに参加している方々への話ができること。
そのためには,附属小学校のやろうとしていることの文脈で語ることが必要と考えます。加えて,その中で授業者がやろうとしていることの文脈で語ること。
でも一方で,それは私の考え(こうしたほうがいいのではないか)を封じることになるため,フラストレーションが若干溜まるところがあります。でも,私の考えを実践してもらう場ではないからこそ,このあたりの工夫は必要です。
そこで,(特に2日目は)短い時間で,伝わる可能性がめっぽう低いと思いながらも2つに分けて話すことを試みました。
1つは附属小学校の授業者の文脈の意図を私なりに読み取り,しようとしていたことできていたことを価値づけすること。
もう1つは私の立場で語ること。ここは,社会科教育の知見というところでは浅いので,授業経営的な視点で話すことが中心になってしまうのですけどね。
この2つの面で語るということを明言して短時間で,どれだけ伝わったかわかりませんが話させてもらいました。
ま,それよりも何よりも,休日にわざわざ授業研究会に自ら参加される参観者の方は,熱量がとても高く,ワークショップ形式の協議会での話し合いはどこも納得の行く話し合いが進めれていました。これぞ参加した会がある,参加した価値がある研究会でしたね。
これを考えるのであれば,わたしは本当に添え物でよく,授業者の小黒先生を含め,参観者の方々の話し合いの内容を価値付けること,意味づけることができればバッチリなのだと感じました。
11月2日,3日と私と関わってくださった方々,ありがとうございました。
貴重な経験をさせてくださった,小黒先生,附属新潟小学校,ありがとうございました。
よし,また経験値が高まったぞ!!!
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