「ホワイトボード・ミーティング®セミナー上越」2022参加感想


ちょんせいこさんが久しぶりに上越に来られるということで参加。


「ホワイトボード・ミーティング®セミナー」そのものは何度か受けている。

もちろん,その都度内容が異なり,参加者が異なり,話題が異なるのだが,「ホワイトボード・ミーティング®セミナー」のプログラム上での振り返りは改めてしない。


わたしの目線で,わたしだけの振り返り記録。


自由になるための制限(枠)なのだということ

せいこさんは,京都大学で行われた「農業分野ワークショップの企画を検討」というファシリテーションでのホワイトボードの活用事例をもとに「最後はぐじゃぐじゃにもどる」という表現をされた。ホワイトボード・ミーティング®を少しでもご存じの方はおわかりのように,ホワイトボード・ミーティング®では基本的に6つの会議フレームがあり「このように書いていく」という考え方,書き方が存在する。一見すると,それは不自由で思考を制限させてしまうように見えるかもしれない。しかしそうではなく,最後は自由に思考を展開してもらうための補助輪,いわば「足場かけ」なのだ。


頻繁に学び手が変わる「フォーメーション」の工夫

本日は,昼食を挟んで約5時間の学びの時間があったことになるかな。

そこに,数多くの「活動」が入った。

せいこさんは,活動のたびにメンバーを変える。

結果,多くの方と「学びの共有体験」ができた。

私自身は,小心者なので自分から広くコミュニケーションをとろうとは思わない。

でも,結果的に様々な方とコミュニケーションが取れるということは,この空間にいる方々と関係性が結べるということはとてもよいことなのだと改めて感じた。


私自身,小学校現場にいるとき,その都度,グループメンバーを「くじ」により変えていた。

『学び合い』で進める授業も多かったが,グループで行う授業も多かった。そのグループはその都度くじで決めた。

1時間目国語の授業,2時間目算数の授業,どちらもグループ活動をする時があったが,国語と算数とではグループを変えていた。

つまり,その都度,グループメンバーを変えていた。子どもたちにとってはそれが日常であった。

こうなると,子どもたちは最初から,学級内の誰と組んでも大丈夫。誰と組むかなどは関係ない。そんな感じになる。


ちょっとは手書きに慣れたかな

セミナーでは毎回毎回,目の前のホワイトボードに書きながら話していくことが中心となる。

これが嫌で嫌でたまらなかった。

なぜなら,ホワイトボードに文字を書くことが苦手で,辛くて,自分の汚い字をみんなにさらけ出すのが苦痛だったから。

今回も,最初,書けない自分を目の当たりにして……。

「ああっ,やっぱやだわ」

と思った。

でも,本日の最後,今日の最初よりも書けるようになったかなと言う感覚があった。

もともとクセ字なのでそこは仕方ない。

でも,自分の中で少しは許せる文字を書けるようになったのは自分の中では成長を感じる。


ゼミ生(学部4年生)との学びの時間

今回,自分のゼミから学部4年生1人が参加した。

いろいろと事情があり,学部のゼミではほぼホワイトボード・ミーティング®は行っていない。今回の情報だけを流したら,自ら申し込んできた。


休憩時間,そして昼食時間といろいろと話し込む。

大学で会うときと異なり,わたしも彼もざっくばらんにいろいろと話すことができた。

最近はゼミ生と一緒にご飯を食べる機会が少なくなって,なんだか懐かしい感じがした。

彼のコミュニケーションスキルが高いのだろう。

友人同士のように語らうことができた。


セミナー最中も,初めてお目にかかった方ばかりなのに,いろいろな方と語らい,時間を過ごしている。この世の中において,とっても大切な力を持ち,十分に発揮している。すばらしい。そして,うらやましい。


院生たちとの学びの時間

残念ながら,自分のゼミからは今回参加者がいなかったが,上越教育大学教職大学院生から何人かの参加者がいた。授業等でご一緒しているので,顔と名前が一致する方々。

この時間は,「あべたかさん」と「○○さん」という関係で,いろいろとお話することができた。

学生たちとは,対話を基本としたいので,いつも対等にざっくばらんにお話したいと思っているが,わたし(自分自身)が原因と思うが,授業をしていると思うとなんだかんだいって距離感を持ってしまう。そして,自分のゼミ生ではないと思うとなおさらだ。

でも,この時間は「あべたかさん」であり,「○○さん」であった。そんなつかの間の時間。




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