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只今絶賛教育実習授業参観期間中!〜アドバイス,コメントがなんとも悩ましい


この期間は,ほぼ毎日のように教育実習生の授業参観にお世話になっている上越地域の小学校に訪ねております。

学生を受け入れてくださっている学校には本当にありがたく,感謝の念しかありません。

そこで学生たちは精一杯学んでおります。


授業参観後のアドバイス,コメントが非常に難しい!非常に悩む!

授業後に,アドバイスやコメントの時間を設けてもらったり,後日,お話したりといろいろですが,その時にどんな話をしましょうか。

とてもとても難しく思っています。

たぶん,以下の3つの理由です。

(詳しく言えば,主に上から2つ。微妙に最後の3つ目という感じ)


  1. 授業を行っている学生とわたしとでは見えているものが違う

  2. 授業を行っている学生とわたしとでは目指している望ましい授業像が違う

  3. お世話になっている学校の学生を担当している指導教員とわたしとで望ましい授業像が違う

わたしが授業を見て,感じたこと考えたことをそのまま学生に伝えることは愚の骨頂だとわたし自身は考えています。それって学生には何の役に立ちません。ただたんに私自身の心のもやもやや(たまにある)感動を吐き出しただけ,アウトプットしただけであり,わたしだけの満足(自己満足)です。

学生にとっては,わたしの説教,または説話を聞くだけの時間になり,何の満足感,成就感を得ることができないでしょう。


「1」に関して

現場から離れて相当年数経っているとはいえ,それでも27年の現場経験があるわけですから,授業という臨床の場において,まだまだ学生とは見える量と内容(あえて質とは言いません)が違います。

私目線で語っとしても,日本語で語るので,コトバとしての意味は通じるかもしれませんが,学生には実感は湧かないことでしょう。


「2」に関して

実践者,研究者としてわたしにはわたしなりの望ましい授業観があります。授業を参観したり,授業を組み立てたりするときには,それを想定して見たり,考えたりします。しかし,学生とはその望ましい授業像は共有していませんし,共感もしてもらっていません。学生によっては望ましい授業像を自分なりに抱いている者もいれば,抱いていない者もいることでしょう。

そんな中,もし,わたしがわたしの観点で話をしたとして,学生には何ら得るものがないことでしょう。


「3」に関して

教育実習中には,学生ごとに配当された学級の担任教師という現場指導教員がつきます。この現場指導教員の望ましい授業像とわたしの望ましい授業像のすり合わせはしていません。教育実習中は,現場指導教員にお世話になるわけですから,わたしは口出しをせず現場指導教員の考えのもと,実習を進めてもらいたいと思っています。ゆえに,授業後,アドバイスやコメントを求められたとしても……なかなか,どんな言葉を口にしてよいか悩みます。


例えばこんなやりとりを……

それで,じゃあ,どうするのよ?

ということですが。


授業後に学生とそれなりに長い時間の振り返り時間がもらえるとしたら,以下の2つのパターンで進めてみたい(進めている)と思っているところです。


パターン1

  • まず,本日の授業での最高の授業展開や授業の様子をイメージとして語ってもらう。

  • それを実際の本日の授業と比較して,不足していた部分は何か,自分の口で語ってもらう

    • 場合によっては,想定した最高の授業を100点とした場合,実際の授業は自分として何点だったか自分の口で採点してもらい,100点に足りなかった点数の部分を具体的に語ってもらうのでもよい。

  • わたしは,それらの話を受容的に聞いて,話のなかで補える部分に関しては補ってあげる。

  • 最後の最後,「目標と学習と評価の一体化」という視点から話させてもらえば……と,観点を明示した上で,1つ2つ学生の口から話題に出なかった授業の考え方,進め方を簡潔に伝える。

大切なことは,現時点の学生の目線でしか,授業を見ることができないし,考えることができないわけだから,そこを対話の出発点とすると同時に,話の中で混乱するようなことがあったらいつでもここに戻ってくるようにしておくということですね。カウンセリング的には,「答えは自分の中にある」でしょうけれども,「観(パラダイム)」的には自分の外にあるものは見つけられないまま終わってしまう可能性があるので,押しつけや命令ではなく,「こういう考え方や進め方もあるよ」と選択肢を増やしてあげる意味で,わたしの観の一つである「目標と学習と評価の一体化」視点からの情報を,学生の話の流れのエピソードなどを引用する形で伝えてあげるという感じです。

ただし,この「パターン1」には大きな問題があります。100点に至らなかったところに注目して対話をするということになるので,マイナスに目を向けることになるのです。「何が足りなかったか(何が不足していたか)」ということを話し続けることになります。


パターン2

パターン1の欠点を補うべく,現状を0(スタート)と考え,つまりマイナスではなくここが出発点として考えて今後に向けてどうするかというやりとりができたらいいかなと思いました。ファシリテーター的な視点ともいえるかなと思います。

  • 本日の授業の振り返りを学習者に自由にしてもらう。

    • ホワイトボード・ミーティング®の定例進捗会議フレームを用いてもいいかもしれませんし,そこまでいかなくても「質問の技カード」を用いてオープンクエスチョンでどんどん話を促す感じでいいかなと思います。

  • 一通り,聞き終わってから,「本日の授業をもっと良くするためには(パワーアップするためには)どうしたい?/何が必要かな?/どんなことをしたらよいと思う?」という問いかけをする。

  • 加えて,「本日の授業をもっと良くするために,わたしに相談してみたいことはありますか?」と問いかける。

  • 最後の最後,「目標と学習と評価の一体化」という視点から話させてもらえば……と,観点を明示した上で,1つ2つ学生の口から話題に出なかった授業の考え方,進め方を簡潔に伝える。

こちらは,マイナス視点ではなくプラス視点で一緒に考えていこうとするものです。共に前に進む協力者(今で言う,伴走者)になれる感じがしますね。


「目標と学習と評価の一体化」を当たり前に考えられるようになれさえすれば……

上の「パターン1」も「パターン2」も,最後に「目標と学習と評価の一体化という視点から話させてもらえば……」というところを設けています。

異なる授業観をもっていたとしても,「目標と学習と評価の一体化」という考え方は余分な肉を削ぎ落としていったときの最後に残る骨子になるのではないかと考えているからです。

(といいましても,過去に「目標と学習と評価の一体化」の講座を行ったときに,納得していただけない,受け入れてもらえない現職の方がいらっしゃったので,わたしがそう考えている……としか言えない部分がありますけど)


水落芳明先生(上越教育大学)を中心に考え出された「目標と学習と評価の一体化」という考え方は,アクティブ・ラーニング,『学び合い』を良好に考えていく,進めていくためのものとして提唱されています。

しかし,「目標と学習と評価の一体化」は,子どもたちに多くの裁量権を与えるアクティブ・ラーニングにはなくてはならないものであると同時に,たとえ,一斉授業であっても「目標と学習と評価の一体化」の視点をもつだけで,格段に授業者も学習者も授業がクリア絵に見えてきます。

(といっても,わたしは一斉授業をすすめませんよ(笑)。基本全時間,アクティブ・ラーニングでいいと思っています。)

ですから,学生が行う授業がどんな授業であれ,「目標と学習と評価の一体化」という考え方で授業を構成してみてほしいと思っています。


教育実習の授業参観の後は,参観した授業をもとに,その授業案を壊さないようにした上で,「目標と学習と評価の一体化」を実現させるとしたらどこをどうするかを簡潔に伝えます。「私は〜と思う」とアイ(I)メッセージを使ってですね。

選択権は学生にあります。選択肢を増やしてあげるという行為です。


終わりに

「授業を行っている学生とわたしとでは見えているものが違う」というのはホントにホントで,わたしが

「どうもこの授業,どうしようもない形で¹授業時間進んでしまったなぁ……。この後,どのようにコメントしようか,アドバイスしようか……」

と考えながら,授業後,授業者である学生のところへ歩み寄っていったところ,

「いやぁ,なかなかいい感じに授業ができました(ニコニコ)」

と満足そうな笑みを浮かべて話してくる学生がいました。


「ああっ,どうしよう……」

と思いながら

「よかったね。子どもたちも活発だったね」

と伝えつつ,次にどのように話を展開しようかと頭の中で焦りまくるわたしがいます。

ここには

「そんなことはない。あなたの授業はめちゃくちゃだったじゃないか」

ということで得られるものは何もないということはくり返し書いてきたことなのですけど,同時に,「あれ?わたしの授業の見立てが間違っている?」と自分自身に自信のないわたしがむくむくっと顔をあげてくる時があるのですよね。


そういう意味では,もっともっと学習者である子どもたちをしっかり見つめ,分析しつつ語れる人間になるように,もっともっと現場に飛び込んでいこうと思っています。


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