本日,わたしがファシリテーターを務めるゼミを開催「自分に必要な教育技術を身に付けよう」



私がゼミを進行することになった経緯

数ヶ月前からゼミ生と約束していた,わたしがファシリテーターになって進めるゼミを本日(2022/09/21)行いました。


授業や大学外で行う講座同等に内容や進め方を迷いました。悩みました。


果たしてゼミ生は

  • どんなことを必要としているのだろうか。

  • 何が役立つだろうか。

わたしは

  • 何を伝えたいのだろうか。

  • 何を感じ取ってもらいたいのだろうか。

  • 何を考えてもらいたいのだろうか。


頭の片隅に,あれもこれも……と浮かぶのですが,何をどうしていいのかわかりません。

毎週あるとか,年に何度もあるとか,だとそんなに力まないのでしょうけどね。

たぶん,今年度,わたしがゼミでゼミ生の前面に出て話すのはこの機会だけだろうから考えてしまいます。

で,力むとだいたいいいことはないんですけどね(笑)。


教育技術に焦点を当てたゼミにしようと決めた理由

結果,教育実習の様子を見てきたり,学校実習が本格的に始まっていることを考えたりする中で「教育技術」に焦点を当てようと考えました。

ゼミ生からテーマは自由と伝えられていたので,「自分に必要な教育技術を身に付けよう」というタイトルで進めることにしました。


他にも

  • 研究の進め方

  • 学級経営と授業経営について

  • 学級づくりを通した授業づくり

  • 目標と学習と評価の一体化(を核にした『学び合い』)

  • 『学び合い』が機能する学級経営

  • 協同学習のABC

  • 学校現場で協同学習を実践すること

など,いろいろと考えることができますが,今回は「教育技術」です。

学校現場には様々な教育技術が存在し,散在しているので,

  • 自分がどの程度「教育技術」を意識して学校現場に入っているのか,いないのか

  • 自分が不足している「教育技術」とは何か

  • 自分が必要とする「教育技術」は何か

あたりに目を向けてもらえたら嬉しいなぁと考えました。


本当はもっと,研究の方に目を向けたゼミをしてみたいのですが,教育実習,学校実習を通して学校現場にコミットしていくことを考えると,まずは「教育技術」に目を向けてみてはどうでしょうかという学生への提案です。


例えば,学校現場に入って,研究をすすめるにあたり,自分の想定した研究データを得られない場合,大ざっぱにいえば,大きく分けて2つあると考えます。


一つは,研究の失敗です。そこには構想,準備,仮説,データ収集,見取り……等々,いろいろとあることでしょう。

もう一つは,研究以前の失敗です。例えば,授業を通しての研究であれば,その「研究」以前に「授業」そのものの質が低かったのではないかということです。これは,授業場面以外にも,生徒指導,学級経営,職員研修……等々,いろいろと当てはまります。


今回のゼミでは,上の説明で言えば,2つ目「研究以前」に目を向かてもらおうとしての考えです。


個人ゼミその他で,学卒院生が次のように話しかけてくることがあります。

「『学び合い』授業に◯◯のような工夫をしたのですけど,なんだかうまくいかないのです。」

「◯◯の単元に,協同学習を組み入れたのですが,授業がギクシャクしてうまく進みませんでした。」

『学び合い』や協同学習だけではありません。

構成的グループエンカウンターやプロジェクト・アドベンチャーでもそうです。

もし,それらの授業をイチイチ見せてもらえていたら,「ここ」と具体的場面を指摘できるかもしれません(できないかもしれません……笑)。

でも,彼らの話を聞いていると,毎回,頭の片隅に浮かぶのが,『学び合い』とか協同学習のようなおおきな「入れ物」以前に,教育技術がしっかりできているかなぁ……ということです。


例えば,

  • 授業開始やインストラクションに「趣意説明の原則」を入れて話しているかなぁ。

  • 活動を促す前に「空白禁止の原則」を意識しているかなぁ。

  • アセスメントとして「確認の原則」を取り入れているかなぁ。

  • 子どもたちの次へつなげるために「奨励の原則」を用いているかなぁ。

  • 集中して取り組んでもらうために「ゴールを示す」ことをしているかなぁ。

  • 主体的に取り組んでもらうために「グラウンドルールを決める(または,示す)」をしているかなぁ。

  • 子どもたちの関係性を見取るのに「緊張を読む」や「飽きを読む」ということをしているかなぁ。


などですね。

これらって,軽く見られてしまう可能性が高いと同時に,これらを意識しないからこそ子どもたちが常時,わちゃわちゃしていたり,授業がうまく進まなかったりすることって多いのですよね。


もちろん,人によってできているところとできていないところ,必要なところと必要ではないところ等々あることでしょう。

だからこそ,ワークショップとして,自分で気づき,選び取ってもらう形でゼミを進めていこうと考えました。


裏の目的:今後のゼミのモデルとなるための進め方

加えて,ゼミの内容以上に進め方を意識しました。

いつからか(わたしのゼミが立ち上がった頃からだと思います),わたしが「目標と学習と評価の一体化」という考え方をとても大切にしているということで,ゼミの進め方,考え方を「目標と学習と評価の一体化」にならって進めています。


その事自体はとてもうれしいことです。

わたしがそのように促したことは一度もなく,ゼミ生たちがゼミの進め方も「目標と学習と評価の一体化」で進めたほうがよいだろうと判断したということですから。


しかししかし,随分と形骸化しているのではないかなぁ……と感じています。


つまり,「目標と学習と評価の一体化のゼミの進め方はこうである」というフォーマットがあって,ゼミを考えるときはこのフォーマットに沿っているかどうかということに目を向けるわけです。そこにチェックが入るのです。その結果,「目標と学習と評価の一体化のフォーマット」には沿っているが,「目標と学習と評価の一体化」へは向かっていないということが起こることがあるわけです。


この意味わかりますか?

目標を達成するための手段を考えだしたとして,いつからか,手段が目標化されてしまうということですね。


例えば,「教室をきれいにするためには,無言で清掃したほうが達成できる(達成しやすい)」となった場合,「無言で清掃すること」がいつからか目標になってしまい,清掃の反省では「無言で清掃できたかどうか」がポイントになって,教室がきれいであったかどうかが二の次になってしまっているときがあります。

いわばそれですね。


「目標と学習と評価の一体化のフォーマット」なんかよりも,ちゃんと「目標と学習と評価の一体化」の本質へ迫っているか,ここを意識してほしいと思い,ゼミの進め方を考えました。

ここがうまく伝わったかなぁ……。

私自身の力量が試されたわけですけど……。








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